黄ばんだ紙切れ

ミュージカル『刀剣乱舞』江水散花雪振り返りスペース

 

 

ホスト:嶺谷 新撰組虎徹、有澤樟太郎さん推し

スピーカー(途中参加):てけさん(@taka_koro) 村正派・細川・みほとせ推し

 

 

 

 

嶺谷 こんばんは。江水散花雪からもう1ヶ月以上が経ってしまいましたが、ブログも書いたし今更ながら振り返っていこうというスペースです。

その前にまず関係ない話なんですが、最近ゴールデンカムイを全部読んだんですよ。今までも一挙公開していたことはあったのに何で読んでなかったかって、土方歳三に狂いたくなかったからなんですけど。老人になった土方歳三が出てくるらしい、和泉守兼定も出てくるらしい、土方さんはなんかえらいかっこいいらしいって情報だけ持っていたので……。今の状態で読むのはちょっとダメージが多大になりそうで迷ったんですが、こんな機会無いなと思って。
そしたらまあ〜〜〜〜本当に最新3〜5話辺りでの土方歳三和泉守兼定がとんでもなくて……。普通の読者であれば、そして描いてらっしゃる先生も、握られている刀の側に意志があるなんてことはきっと想定していないし、あの和泉守兼定はあくまで『土方歳三の魂の象徴』として描かれているだけだって、頭ではわかってるんですよ。わかってるんだけど、わたしは何しろ刀剣乱舞が好きなので。登場人物たちに扱われる和泉守兼定が、一体その時どう、っていうのをいちいち考えてしまって大変でした。はい。気になった方がいたら読んでください。来週くらいまで公開してると思うので。

 

それとまあ、同じ話と言えば同じ話なんだよね。
江水散花雪について考えれば考えるほど土方さんのことを好きになってしまって。だって、和泉守兼定の気持ちに寄り添おうと思ったら土方さんのこと好きになるのはしょうがないんですよ。あんなに好きなんだもん。

ブログでも引用した、和泉守兼定の手紙の3通目。「今、俺の目の前で、 圡方が死んだ」っていうところが、本当に好きで。
一つ置かれたスペースと、この部分だけ違う『圡方』の表記。3通の中で和泉守兼定が、情緒的と言うか。何かが漏れ出す部分って、この空白と点一個だけなんですよね。
そこにあるものを目一杯にぶち広げたのが、今回の『散る花を』だったと思うんです。

 

「好きだから」のメロディと演出が大好きだったんですよ。和泉守兼定が本体から目線をすっと上げた瞬間に、雲が晴れるようにセットが開けていって、後ろの空が見えるようになる。そして幕末天狼傳でも多用された『新撰組のテーマ』がアレンジされてるって時点で、やばいことはわかっていただけると思うんですけど。
元々は割と雄々しいメロディじゃないですか。それが、こんなに優しく生まれ変われるんだ、って思ったんです。旋律もそうだし、有澤さんの歌い方も。もうこれを初めて聴いたときのことが忘れられないんですよ……

だって今までどうしてその在り方を守らなきゃいけないって、「その先に我らがいるから」「そうやって生きたのがあなただから」みたいな、いかにも納得出来る理由、ちゃんと理屈を経た上での答えとかそういうものばかりが示されてきたわけじゃないですか。それを全て「好きだから」の一言で突破してしまうわけですよあの男は!なんで守りたいって、オレがそれを好きだからだ!の一言で片付けてしまったんですよ。

和泉守兼定があれだけはっきり言い切ってしまったせいで、これから先ミュージカル刀剣乱舞ではかつての主を守りたいとか殺したくないとかそういう感情の根っこが全て「好きだから」に収束してしまうわけですよ。
例えば今回の肥前くんとか。わたしの解釈ですけど、元の主に対して恨みがましいところだったり、皮肉っぽいところだったり、それでも自分の根幹を成してる物語だから切り捨てられなかったり、愛憎入り乱れてるわけじゃないですか。そういうぐちゃぐちゃしたものも根っこは全部「好きだから」になってしまったんですよ。和泉守兼定の所業によって。もうなんてことをしてくれたんだと思って。

 

「好きだから」の、極限まで情報量を減らしたところが本当に良いなと思うんですよ。「だった」とか「そう思う」とかですらない。本当にただ、今和泉守兼定はあの人のことが好きなんだ、っていう正直さが、わたしにはとても美しくて優しいもののように思えて。
このシンプルさ、どれだけ言葉を並べたところで、一番大事なのはこれだけだっていう芯の貫き方、そういうところがやっぱり好きだなと思ってしまいました。幕末の刀にそういう在り方を与えてくる、ミュージカル刀剣乱舞の作劇も。

 

そしてそれだけの言葉がどうしてこんなに致命傷になってしまうかって、今までの2作で見せられてきた有澤さんの和泉守兼定とトモさんの土方歳三があったからなんですよ。
2作かけて見てきてしまったものがあるから、今そこで言ってることに対して、ああそうだね、あれは好きになってしまうよねって思えてしまう。その感情が観ている側にとって想像できる、共感できるものだから。

「歴史を守らねばならない」と言われて、そこに至る行動原理は確かに物語の中で説明されるし納得出来るし、心情も想像することはできるけど、その任をわたしたちが負うことって当然ない。
でもあの土方歳三を美しい、好きだ、と思うことはわたしたちにも出来てしまったんですよ。

もうあれを初めて観た時からトモさんに観てほしくて観てほしくてしょうがなくて……
だって、あんなのラブソングじゃないですか。わたしのよく言う「Loveだけど恋じゃない」、普遍的で巨大な愛。
もちろん次元は「和泉守兼定土方歳三を愛している」って話ですけど、でもそれを歌っているのは『有澤さんが演じる和泉守』で、その和泉守が時間を過ごしてきたのは『トモさんが演じる土方さん』ただ一人なんですよ。変な言い方だけど世の中には無数の土方さんがいて、そのどれでもない。トモさんが今まで刀ミュで演じてきた土方歳三、っていう存在一つだけへの愛だったじゃないですか。
その世界でただ一人に向けての愛をあれだけ時間と言葉を費やして語られてしまうって、当人からしたらどんな気持ちだろうと思って。一日でも早くトモさんに観てほしくて仕方なかったわけです。

一体何様なんだという話ですけど……。なんか、あれはわたしが見ていいものではないな、と思ってしまったというか。土方さんだけのものだな、って。
あんなに大切なものをわたしが覗き見するのは良くない、みたいな気持ちになってしまって。有澤さんの歌も演技も毎公演素晴らしいので目に焼き付けたかったのも当たり前に事実なんですが、人の日記やラブレターを覗いているような気分になるんですよね、『散る花を』を聴いていると。
わたしが江水散花雪のことを愛のお話だな、と思ってしまう大きな理由はやっぱりこの曲ですね。全てが愛なんだなと思えてしまう。

 

そしてそもそもこの話に限らず、新撰組を筆頭に元の主の存在を主軸として顕現している刀剣男士のことを、存在そのものがその人への愛を叫んでいるようなものだと思っていて。
和泉守兼定の話をしていたので例に挙げますけど、どうして今あの刀が現存してあれだけ人が集まるかって、関連する土方歳三の逸話や新撰組の物語があるからこそで。刀剣乱舞に選ばれるほどの刀として残っているのは、この150年に渡り人が土方歳三を愛してきたからこそじゃないですか。人が土方歳三を愛したから、和泉守兼定という刀剣男士がいるわけですよ。
存在そのものが、無数の人々からたった一人への愛で形作られているようなものだなと常々感じていて。土方さんに限らず他の新撰組の刀もそうだし、義経公もそうだし、織田とか伊達とかも。人がその人を愛したからこそ、彼らというキャラクターが生まれている。存在全てで愛を歌っているようなものだと思っているので。
そういうものを見せられたら、こっちも同じように好きだと感じるしかない。

 

『散る花を』の歌詞の、「想像する、歴史が変わることを」「想像する、あの人がより輝く世界を」って。考えたんですよ!『より輝く世界』のことを!!和泉守兼定は!!
例えばそれは幕府軍が負けずに蝦夷国を作れた世界だったかもしれないし、土方歳三が重用されて閣僚や将校になれた世界だったかもしれないし、はたまた薬屋として大成功した世界だったかもしれない。いずれにしても、あの人がもっと幸せになる、歴史に深く名前を残す道は存在し得たのではないかということに、思いを巡らせたこと自体がしんどい。

考えた上で、あの清々しすぎる「そうならない世界を守る」なんですよ。
そんなのが、愛でなかったら何だと思えてしまって。

 

肥前くんが、「あんたにとってどっちの方が幸せだったんだ!!」って叫ぶじゃないですか。
最早そういうものではなく、ただ自分はもうあの生き方をしたあなたが好きだった、あのあなたのことを守りたい、っていう身勝手さと言うか。幸せかどうか、輝くかどうかとかじゃない。自分が好きなのはそれなんだ、っていう正直さを、とても美しいものだと思いました。

そして、「北の大地で散った」の辺りで後ろの空が紫に染まるわけですよ。
あの世界にはいない、結びの響だったり、修行先だったり、言わばどこか別の世界線の、紫に染まった雲の上に向けてあの愛が届けば良いのではないかと思っています。

 

そういう刀ミュがシリーズを通して描いてくるもののことが、本当に好きです。
紫に染む雲だとか、「あれはもう井伊直弼じゃねえ!」とかの同じ構図を重ねてくるところ。

同じ構図で言えば、大包平を逃がす山姥切国広もそうですよね。自分一人の命を賭して仲間を助けようとする、幕末天狼傳で近藤さん、結びの響で土方さんがやったのと同じことだなと思ったんです。
でもあそこで死ぬことは山姥切国広の『命の使い道』ではなかったんですよ。
今回の山姥切国広は"あいつ"の影ばかりを追っていて、自分の思いを誰かに託してそのためなら死んでも構わない、そういう相手を見つけたわけではなかったから。だから助けられなければならなかったし、何と言おうとあそこで取り残されて折れる道は存在し得なかった。
そして今回無事に山姥切と一緒に帰れたことは、新撰組の刀たちにとっては何度も砕かれてきた想像を、今度こそ叶えられたという救いになるのではないかと思っていて。
助けられて良かったねって、心から思ってしまうわけです。

 

で、見ました?あの助けられた後の山姥切がよろよろと崩れ落ちそうになったところに和泉守兼定が入って、その肩を支えるところ。山姥切はそれを笑って押し退けて、和泉守も笑いながら受け入れるっていう……

ダチなん!?君たちは!?聞いてないんだけど!!?山姥切国広は和泉守兼定のなんなんですか!?
いきなり出てきてあいつは俺のことわかってるし、俺もあいつのことわかってるみたいな素振りを全編通して……知りませんけど!?君たちの間にそんな絆があるとか、初耳ですけど!?

だって大包平の「和泉守にも同じことを言われた!」に対する「あいつならそう言うだろうなあ」とか、「んだお前何も言ってねえのか!」って笑って追いかけるところとか、君たちは一体お互いの何を知っているんだとなるわけですよ!!そりゃあいずれ何か明かされるのであろうけども!!!

 

てけ wwwwwww こんばんは〜www

嶺 あ!!!!こんばんは!!!!!喋り出す前にもう笑ってるのやめてもらえますか!?!?

て だってwwww「なんなんだ!!」に力が篭りすぎていてwwwwww すごい『散る花を』とか土方さんとかについて良い話〜と思いながら聞いてたのが、急に違う方向に行ったから面白くなっちゃってwww

嶺 だって知らないじゃないですかあの二人がそんな仲良しだったことなんて!!知らないわよ!!!

て さっき阿津賀志と準える話をしてましたけど、結構構成も似てるんですよね。まだ自分の中で色んなものを消化していく段階の3振りと、なんか知らないけど通じ合ってそうだし、ものもわかってそうだし、俯瞰した視点から見てるなっていうのが3振りと。でも一作目で描かれた清光が要するに『撤退できない隊長』だったのに対して、大包平は『撤退を選べる隊長』だったじゃないですか

嶺 もうほんとに綺麗だった!!一番最初の、松陰とおっさんを巡り合わせる段階から大包平はずっと逃げることを選び続けるじゃないですか。立ち向かえとは一度も言わないんですよ。逃げて生きることが大切だと大包平ははなからわかっているんですよ!

て そうですねえ〜

嶺 それで江水散花雪ってあんなに熱い物語なのに、刀ミュで唯一の負け戦だったわけじゃないですか。それを全く衒わないというか。何も迷うことなく「撤退する!!!」と言える大包平の魂はあまりにも美しいと思いませんか

て 清光が悔しそうに言う「撤退だ!」と大包平が胸を張って言う「撤退する!!」のね。かっこいい……

嶺 「当然全員でだ!!」と言ったときのあの大包平の晴れがましい表情がねえ。刀ミュっていつもとても優しい物語で、悪役らしい悪役もいなくてハッピーエンドだけど、心に引っ掻き傷が残るというか、じくじく痛む余韻がある。そういうところが好きなポイントではあったんですが、今回の江水散花雪の「ああ終わった!!」みたいな清々しい読後感も大好きです

て あとさっきされてた愛の物語だって話。すごい広い話に広げちゃいますけど、あれってお芝居の流儀としても色んな方法があるじゃないですか。相手の俳優さんのことが嫌いだろうと何だろうと、舞台の上では定められたものを出すのがプロだって考え方とか。それを刀ミュって、結構心から作っていきますよね。天狼傳のドキュメンタリーでトモさんが、とっちーさん郷本さんから楓馬くん小柳さんに変わったことについて、「彼らのことをちゃんと好きになれた。それが良かった」って

嶺 仰ってましたね〜〜〜〜

て 役者さんたちが感じているものと役柄が感じているものをシンクロさせながら作っていくところがあるじゃないですか。だから嶺谷さんの言うことすごいわかるなと思って。
トモさんが音曲祭の後のOPENRECで、結びの響で兼さんを抱きしめた時に髪が一筋ボタンに引っ掛かってしまった回の話をされてたじゃないですか。アクシデントだったんだけど、それを解く仕草がすごく優しくて自然で良かったみたいなことをファンの方から言われて、「そんなに意識はしてなかったけど、俺の気持ちだとか樟太郎の兼定との関係だとかが出てたんだろうね」みたいなことを

嶺 仰ってました…………。もう今回のを観た後のトモさんのブログでどうしたらいいかわからなくなってしまって。在り方として、沖田くんと沖田組の2人は『元になった姿と、そこから要素を抽出して二つに分たれた存在』みたいな印象を受けているんですけど。それに対して土方さんと堀川国広和泉守兼定の2人って『父子』だなと思って見ていたんですよ、シリーズを通してずっと。親の背中を追う息子のようだなと思っていたので、あのブログでどうしたらいいかわからなくなり感情が崩壊いたしました

て 嶺谷さんがブログの中であげられてたトモさんの写真も良いですよね〜。両側にぎゅってしてるやつ。良いお写真ですよ

嶺 あの写真本当に大好きで!!!!!だって本当は抱きしめてほしかったはずなんですよ……2振りともあのまま抱きしめてどこにも行ってほしくなかったはずなんですよ!!!
そして土方さんに抱きしめてもらったことが今回の肥前くんとのシーンに繋がるわけじゃないですか。なんであれをやったって和泉守兼定はきっとああしてもらえて嬉しかったんだと思うんですよ……

て どうしようもなくて泣いてるところでね

嶺 そのかなしみはどうやったって自分で抱えるしかないし、抱きしめたところで解決はしないけどそれでも抱きしめずにはいられないというか……。どうなるならないではなく、心が救われるかどうかという話なわけですよ。結びの響の時は和泉守もぐちゃぐちゃになってしまっていたけど、今回冷静に肥前くんに受け継いでいるのを見て、あの時の和泉守の感情は”嬉しい”だったんだなって4年越しに思えてしまって。そしてその自分がありがたいと思ったことを素直に他の人にも与えてやれる健全さが、とても美しくてかっこいいなと思って

て かっこいいぜ兼さん……。刀は残るし、手紙も残るし、伝説とかももしかしたら残るかもしれないけど、あのハグも歌も言葉も残らないわけじゃないですか。「それでもちゃんとあったんだよ」っていう

 確かに何かがあった、っていうことを本人がもう登場の瞬間高らかに歌ってしまっているのでおしまいなんですよ……

て それに天狼傳で見守るポジションで近藤さんと長曽祢さんを見ていたからこそ、むすはじのむっちゃんに忸怩たる思いがあって。でもそこを超えた上で、江水でむっちゃん仕草をする兼さんが

嶺 本当に!!!もう!!あ゛っ!!!酷いことをすな!!!!!

て 威嚇しないでください!!wwww

嶺 みんなが暗い顔をして不安そうなときに笑かしにかかる、それは陸奥守吉行がやることなんですよ!!!それを本人がいないところで、あれだけ普段喧嘩している相手の美徳を受け継げるということはあまりにもかっこよくないですか!!?

て かっこいいと思います先生

嶺 そして受け継いでは見せたけど、今度大阪で陸奥守吉行に会ったときにはきっとやらないんだろうと思うんですね……。本人の目の前では、いつものなんだテメェ!!ってう仏頂面に戻るんだろうなと思います

て むっちゃんさんがいるところではそれは彼の役割ですからね

嶺 でもその素直なんだか意地っ張りなんだかわからないところもまた魅力だと思えてしまいます。どうしたらいいでしょうか

て 病膏肓に入るじゃないですけど。草津の湯でも治りませんね!

嶺 酷い……

て その兼さんヒストリーがあるように、この先があったら肥前くんもまた兼さんから貰ったもので変わっていくんでしょうし

嶺 ひどい!!!

て 酷くない!良いことです!!

嶺 えっでもそれで和泉守に救われた肥前くんが、あの何を抱えているかよくわからない陸奥守吉行を救えたとしたら美しくないですか!?巡るんですよ世界というのは……!

て ね~巡りますね~!!きっとそのむっちゃんだったり、もちろん三日月も鶴さんも抱えているものがあることが仄めかされている人たちにはきっと”阿津賀志以前”があるわけじゃないですか。だから一個の本公演が積み重なるたびに、その先とその前の両方に対してううっ!!てさせられるのがね。「おぬしのそういうところよ」!

嶺 本当に……

て もう祭が怖い!!

嶺 wwwwどうなるんでしょうね祭!!

て もうやだほんとにやだ!!しかもちゃんと心構えして見るつもりだったのに無料配信から一気呵成に……!

嶺 どうします?どうもできませんけど

て どうもできない……座して待つしか……

嶺 こちらはどうしたらいいかわからないというのに、あんな意味の分からないペンライトを出してくるし。なんなんですかあれ!?

て wwwwwどこまで真面目にやりたいんですかね、ミュージカル刀剣乱舞さんは。2018のアイス饅頭とか2019のムーンクリスタルパワー!みたいのも相当でしたけど

嶺 だって音曲祭以降、ペンラ曲という概念が生まれてしまったわけじゃないですか。ETANAL FLAMEとALL FOR ONEと、それを乱舞祭でやらないわけがないじゃないですか。でもその時に男士たちが何持って出てくる?って光るこんのすけなんですよ!!どうしてくれるんだ!!

て あれ見る側もどういう顔したらいいのかわかんないし、男士の皆さんも初日笑わずにやるの大変ですよね?wwww 会場いっぱいのこんのすけ何千匹ですよ

嶺 丁度今日のエーステでも復活したらしいですし、わたしはアリーナツアーをやるっていうことは客降りもやるよってことだと思ってるんですけど。「近くまで行くから座って待っててくれよな~!」って言う手にこんのすけが握られていたらどうしたらいいんですか

て 一応2019は桜が散る様を疑似的に描いて、私たち一人一人が咲かせたぜ!みたいな、テーマに沿ってるっぽい感じはあったじゃないですか。2017も会場の蠟燭が消えていくのが百物語の最後の光景であり、みたいな。それなりの関連性は付けてきていたけど、あのこんのすけで何を回収するつもりなの!?っていう

嶺 和泉守兼定がどれだけかっこよく歌っていようといい感じにファンサしていようと、手に光るこんのすけがあったらもう絵面台無しなんですよ

て ホビーアニメなんですよね。「光るこんのすけ、当たる!」みたいな

嶺 まあでもあれをお出ししてきたということは、ねぶたこんのすけが復活するのか……!?2018再演22が観られるのか!?っていう期待が湧くことと、あのペンライトがおかしいことは別なので

て 本当にかっこいいところと本当に何してるかわかんないところで毎回洗濯機にされますね

嶺 ついでにグッズで笑った話もう一つしていいですか?ついさっき公式が上げた今回のランダムアクスタの商品画像あるじゃないですか。

て 背の順かわいかったですね~

嶺 そう、まだ身長わかってない子も概ね検討付けられたり、こんなに短刀脇差がいる中で沖田組めちゃくちゃ前の方にいてかわいいとか色々思ったことはあったんですけど。どうしても気になってしまったのが……山姥切国広すっごい後ろの方にいるんですけどどういうことですか?

て wwwwwwwだって8cmでかいのは流石に誤魔化し効かなかったかもしれないじゃないですか!

嶺 お前は陸奥守と清麿の間じゃん!!なんで和泉守の隣にいる!?

て wwwww私あれ丸さんがいたらどうなってたんだろうって!175cm、伽羅ちゃんより小さいので

嶺 石切丸さんも相当違いますもんね。歌合のポスターみたいに補正はされたでしょうけど……。そりゃあわかってますよ、いくらなんでもあの山姥切国広を心くんの陸奥守より小さくなるように縮小したら頭身がおかしくなるってことくらいは。わかってるけど場所おかしくない?

て あれ公式でややでかい個体なんですかね……w

嶺 公式で背がでかくて歌が上手くて手先が器用な山姥切か……

て それは君、山姥切国広か?って

嶺 その山姥切国広にも言いたいことが山ほどありますけど。何から言えばいいですか?歌がめちゃくちゃ上手いってことですか?

て 上手いですねえ~。そしてパンフなんかを見る限り、結構自覚的に歌が上手いというか

嶺 歌が上手いことに自覚のある人好きです。『花の雨』とか、ちょっと口ずさんでみるとめちゃめちゃ難しいですもん

て 私『大河』の方が難しいです。あの「のぞきこむ」のすとーんってやるのが無理!

嶺 あ~わかります、あそこの跳躍超難しい!ピアノとかでさらっと弾く分にはいい感じになるんでしょうけど、声だと……

て そうそうそう!楽器でやる分にはいいんでしょうけどね。あと『お前が知ってる』の低音、あれを6人の中で一人だけちゃんと音程踏む歌い方をしてたじゃないですか。すご~い!と思って

嶺 歌が上手いことって、ミュージカルにとって一番の説得力じゃないですか。その存在が強大であること、バックボーンがあることに一番説得力を持たせられる。……わかりやすい例だと、ジャベールが音外してたら絶対ジャン・バルジャンのこと捕まえられる気しないじゃないですか

て wwwwwwトート閣下が声量伸びなかったらあれっちょっと大丈夫……?みたいになりますしね!ルドルフが多少お茶目なことになっててもまあまあまあかわいいと思えるけど

嶺 あっまだ未熟で儚いところのある王子なのかな~ってね。思える役とそうでない役があるじゃないですか。ジャベールがやらかしてたら本当に革命止められるか!?ってなるし、アンジョルラスが外してたらこのリーダーついて行って大丈夫か!?ってなるし。歌の上手さってそういうことなんですよ。そこにおいてあの山姥切国広の説得力!

て ガンッ!とパワーが出るのがかっこいいですよねえ

嶺 たとえ初登場で全然語らなくてずっと無表情でも、この男は強くて古参ですげえのだと。歌の上手さでわからせてくるのは、ミュージカルの在り方としてとても正しいのではないかと思わされました

て 蜻蛉さんラインですね

嶺 そうそう、それこそ『ただ勝つために』も、spiさんの歌があれだから成り立つわけですよ。ああこりゃ無敗だわ!と

て カンパニーの人たちがあの曲大好きなのがいいですよねえ

嶺 有澤さん本当好きですよねwww何見てても絶対刀ミュの好きな曲で上がるんですよ

て なんかすごいヒーロー見てキラキラしてる感じしますよね

嶺 ついさっき今日のあそびばを見たんですよ。spiさんの裁判回だったんですけど。

youtu.be

有澤さん含む後輩たちがspiさんの言うことを絶対だと思いすぎて、調子に乗って茅野さんに怒られる、みたいな話をしてて……ww

て wwww 私結構色んな人の配信見るんですけど、誰のを見てもspiさんってすごい名前出てくるなと思うんですよ。糸川くんも笹森くんも、「spiさんがこれ教えてくれて!」「spiさんがおすすめしてて!」みたいな。座組の何ポジションなの!?ってちょっと思いますよね。
そしてごめんなさい。この辺りでそろそろ消えます!

嶺 はい!毎度毎度本当にありがとうございます!!お気をつけて!!

 

 

あってけさんがいる間に小竜の話すればよかった……!

元々推していた方からしたら今更何言ってるんだと思われるかもしれないんですけど、わたし今回ですー---ごく小竜のこと好きになったんですよ。
優しくて賢くて原案に比べると少しほわっとした……あれは恐らく顕現したばかりだというのに加えて演じる長田くん自身の境遇が重なったことで生まれた部分かと思いますが……すごく良い子で愛おしい存在だったと思うんです。

本当にあの終盤の小竜の動きを見ていて堪らない気持ちになったんですよ。
「御免!」って松陰のことを斬り捨てて、どやどやと駆け込んできたおっさんからも南泉を庇おうとするんだけど、その顔を見て、「小竜!」って呼ばれた瞬間もう刀を納めて後ろを向いてしまうわけです。
本来小竜というのは「俺は人を選ぶんだ」なんて主に面と向かって言ってみせる、飄々とした掴みどころのない男士なわけじゃないですか。
それが、あんなにも明け透けに迷いを見せてしまうってことが。本人にとっては恐らく不本意だっただろうけど、その優しさというか、不完全なところがとても愛おしく思えて。

その後、南泉が「良い世界だったじゃねえか!」って泣く一番大事なシーンに小竜はいないんですよ。誰にも何も言わずに、後ろのセットの中へふらふら隠れて行ってしまう。戻ってくるのは、南泉がおっさんのことを斬って、和泉守が「正しいとも思わねえ」って言い始めてからなんですよね。
あれだけ物語にとって重要なシーンから敢えて立ち去るということは、逆説的に小竜も全く同じ気持ちだということを示していると思うんです。「良い世界だったのに」「斬らないでくれ」って。何を言うわけでも、南泉の言葉に頷くわけでもないけれど。
人を選ぶ、清廉潔白じゃないと許せない小竜が、15年だか先生と呼び従者として付き従ってきた。それだけ松陰は尊敬できて、愛せる存在だったんですよ。

きっとあの裏にいる間に叫ばれたことと同じ気持ちを全て、小竜も抱えていたのだろうと思って。みんなが去った後に三つの遺体に向かって頭を下げたことは、最期に立ち会わなかったことへの謝罪というか、懺悔というか。
あんなに人を食ったような態度をとるのに、その実なんて正直で誠実な男なんだろうと思えて。

元々小竜が好きな方からしたら、何を知ったようなとか今更何をとか思われるかもしれないんですが……!

 

今回小竜が一人で歌うシーンって全然なかったじゃないですか。全員曲以外は『昼下がりの雷鳴』だけで。
その小竜が唯一歌うのがあのED曲で、しかもみんなを目の前にしてはくれない。どこか遠くから、一人手記の内容を語るという構成だったのがとても良かったです。

そして小狐幻影抄をやった刀ミュのことだから、いずれあの小竜景光(影)のことも回収してくれるのではないかという気がします。伊達や酔狂ではなく。
わたしは小狐幻影抄のことを、あの一夏だけ小狐丸を演じた存在について「無かったことにしない」と宣言した感謝の演目だと思っているので。小竜に対しても同じような処遇を期待してしまいます。

 

 

というところで、マシュマロを頂いたので読んでいこうと思います。

 

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本当に、それは、そう。

刀ミュの初期刀の話をします。これもてけさんがいる間にすればよかった!
世間的にも、これは割と意見が分かれている感じですよね。でもわたしはとりあえずブログで書いた通り、恐らく一番素直な読み方をしていいのではないかと思っています。

その歌仙兼定について、もうこれはほぼ妄想なんですけど。
山姥切国広があんなに『花の雨』だったり、らしくない雅やかなことを解する個体だったのが一体誰の影響なのかっていう風に考えてしまって。山姥切国広らしいってのも何だ?って感じですけど……。それほどまでに変えてしまったのが”お前”だとしたら、って。

それに刀ミュはあれだけ時間をかけて、どうして人は歌うのかということを説き続けているわけで。
ついさっき発表された江の打刀でついに100振り目になりますけど、その中で名前に『歌』を冠するのは歌仙兼定だけなんですよ。歌を人に託し、後世に語り継いでいくという物語を持つ古今さんだって名前に『歌』はないんです。
それがあれだけ筆を執れ、歌を綴れ、と言ってくる本丸にいないって、どうしてもそこに意味を読み取ってしまうわけです。

その歌仙兼定があれほどまでに影響を与えている山姥切国広、って思うとね。どんな関係だったのかと。

 

わたしは元々山姥切国広のことを、どちらかと言えば幕末の刀に近い精神の男士だと思っていたんですよ。コンプレックスさえ絡まなければ割とずけずけ物も言えるような。
それがあんなにも『平安寄り』というか。自分の思いもはっきり言わないところも、人の触れられたくないところを撫でて見せるようなところも、あの刀らしくないと思ったんです。

あの山姥切国広って、長義との関係もそんなに悪くなさそうだったじゃないですか。
そして最後に「散るひとひら 同じものはない」「俺もそのひとひら」って、自分は唯一無二の存在だと言い切れるわけですよ。特の時点で「俺は俺だ」という台詞が存在するので、それは元々だと言われてしまえばそうなんですけど。
もしかしたら「君は君だ」って教えてくれた誰かがいたのだろうか、なんて。

 

で、ちょっと大包平の話に逸れるんですけど。
わたしは大包平にめちゃくちゃ夢を見ている自覚はあるんですけど、もしも『花の雨』を聞いていたのが肥前くんではなく大包平だったとしたら、あの時点で「お前いったい誰のことを想っている?」っていう風になっていたのだろうか……!?と思っています。
別に何が語られているわけではありませんけど、言うても大包平は平安の刀ですし。雅を解する側の刀であるはずなので。

 

本来の山姥切国広の卑屈は、写しであるが故に自分がどんな評価を得たとしてもそれが常に本歌との比較だということに由来しているわけじゃないですか。
江水散花雪の山姥切国広は、自分が写しだということについて二回くらいしか触れないんですよ。審神者への「写しの俺に何を期待しているのやら」と、大包平への「お前は写しの俺なんかに負けることなど許されない」しか。
あの山姥切国広にとって写しであるということは、卑屈になる原因たり得ていないというか。

これこそ妄想なんですけど、およそらしくない雅さを備えていて、新人には初期刀だと噂されるような振る舞いをしているわけじゃないですか。
いなくなった歌仙兼定の写しとして、誰も知らないあいつの存在を忘れないために、歪んだ誇りを抱いていたとしたら。あの特なのに妙に極っぽい、でも極だとしたら明らかに何かがおかしい山姥切国広の説明になってしまうのではないかと思ったりします。

 

更に、妄想に妄想を重ねる形で申し訳ないんですけど!
でも山姥切国広と歌仙兼定がそんなに親友になってるところって、あまり想像つかなくないですか?
そりゃもちろん原作に何の関係値もなくたって、個人の中で思う分には何も問題はないですよ。わたしも勝手に和泉守兼定と蜂須賀虎徹をシンメにしているくらいなので。「何言ってんだ私の中ではあの二人は親友だが!?」って言われたらハイすみません!!としか言えないんですけど!
一般的なイメージとして、あの二人がそんな親友にって思うとちょっと気になってしまうわけです。

もしも、かつて本丸にあった頃はお互い通常通りの人見知り個体で全然上手く仲良くなれていなかったとしたら。
助けられなかったことがずっと心に引っかかっていて、本当は全然詳しいわけではないけれど、僅かな交流の記憶を頼りに歌仙兼定の面影を再現しようとしている山姥切国広だったりしたら、一体どうしようという。妄想に妄想に妄想を重ねた形の苦しさを一人で抱えていたので、今お裾分けしました。

山姥切の言う”お前”が歌仙であるというところと、歌仙がどうやっていなくなったかというところと、元々別に仲良しではなかったのでは?というところ、一つも論拠がないので完全に幻覚なんですけどね。

 

 

もう一つマシュマロ頂いてるので読みます。

 

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わかる~~~~。今回の幕閉め、本当に美しかったですよね。

例えば、あの雪が降る中に死体が一つ落ちている光景からそのまま照明が落ちて1部が終わったとしても、それはそれで問題はなかったと思うんです。でもそこで敢えて全員がああして膝をついて並んで、セットを定式幕に見立て頭を下げるわけですよ。

全ては小竜が語った一つの物語だったのだと、そう告げてくる終わりがとても美しかったです。

そこからシームレスに流れる『美しきひとひら』も良かったですよね。開幕前での客席でもあの曲が流れていたんですよ。
タイトルからして花と雪が散る様の物語だったわけで、その始まりと終わりを『美しきひとひら』って言葉で飾るのはとても美しいですよね。

 

山姥切国広、今後どうなるんでしょうね……
もう一つ妄想なんですが、ブログで書いた「お節介個体の兄弟」について。

堀川は恐らく山姥切より後に顕現していて、事情は何も知らない。
でも堀川国広は一度同じことをしようとしているわけですよ、山姥切国広が自分の身を捨てようとしたのと。同じと言い切ってしまうと語弊があるけど……。一人で突っ込んでいって和泉守兼定を助けようとして、「オレを思っての行動でも、それでお前がいなくなっちまったら意味わかんねぇ」って怒られている。

その言葉を、もしも山姥切国広に伝えていたらどうしよう?っていう妄想をずっとしています。今回山姥切がやろうとしたのと同じように、彼を庇った歌仙兼定がどこかの放棄された世界に取り残されているのだとしたら、その言葉はまんま山姥切の心情に重なるのではないかと思って。

あの本丸の堀川派に早く出会ってほしいですね。

 

 

この辺りで一度2部の話をします。

和泉守兼定にソロが来るであろうことは完全に予想通りだったのであれなんですけど。どうしてそんなにセクシーを当てたいんだとかどうしてモチーフに雨を持ってきたんだとか言いたいことも色々あるんですけど。

一瞬有澤さんのオタクの人格になりますね。
ここ一年ちょっと、音曲祭の辺りから歌に遊びを入れるのが本当に上手くなっているなと感じていまして。それこそ去年の『誰のモノでもない人生』とかであんな歌い方してるの見たことない!?って大騒ぎしてたんです。
基本有澤さんってあまり癖のある歌い方はしないじゃないですか。とても通る声をしているというのもあるけど、素直な歌い方をする。『散る花を』や『答えるための問い』では、普段通りの有澤さんの朗々とした歌い方をたくさん見られたわけです。

それが2部、『抱きしめて、雨』で……。
「恋の雨に刺されて」「バラバラ降るのはI love you」とかで、喉をぎゅっと締めた歌い方をするのが……。少し鼻にかかったスモーキーな声の出し方をするのが、あの土砂降りで視界が煙るような曲とすごく合っていると思ってしまって、えげつなくかっこよくて!!

直前までやっていたGREASEで、『Greased Lightning』っていうソロ曲があったんです。
そのラストの「ぶっちぎりさマイウェイ」では、同じ高音でも喉をがっと開いて太く息を出す歌い方をしていて、それは元々の歌から正統進化というか、予想の付くものだったんですけど。

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今回に関してはえっそんなん聞いたことないけど……!?となる方向性だったので、すごく情緒をやられました。

そして、これは明確に恋の歌だったわけですけど。和泉守兼定が大切に思う誰か一人に対して吐き出す言葉が「どこにも行かないで」「傷付いたってあなたじゃなきゃダメなんだ」なのが、すごく。察してほしいです。

 

あともう一つ歌い方の話をすると、『ALL FOR ONE』のサビで「君だけの夢は」ってパートを歌うところ。
あそこが、「め」の前のmの溜めが長くて後半のeに向かってしゃくる歌い方がずっと主流だったんですけど。最後の方どっかと千秋楽だけ割と直線的な声の出し方に変わっていたんです。それが故意にやったことなのか、たまたま起きてしまったものなのかはわからないけど、突然変わったその歌い方がわたしはとても好きで。
同じメロディの大包平の「輝く世界で」の歌い方とも重なる感じがして好きでした。

 

大包平の歌い方も良かったですね~……。松島くんの他の歌は聞いたことがないので、大包平というキャラクターの解釈の話になるんですけど。
喉から腹までを太く使った歌い方、漢道サビ前「戦うのさ」のロングトーンで一切ビブラートもしゃくりも付けないドストレートな歌い方が大包平としてとてもかっこよかったですね。そしてそれがあるからこそ、『Burn Out』ラスサビ前の「怒り滾らせて」のビブラートがすっごいかっこいいっていう。
Burn Out、やってほしいんだよねアリーナで……かっこよかったじゃん……

 

 

カテコの話します。あの今回のカテコがわたしは大好きでして。
幕末天狼傳の時も6人全員が話したことに対して大天才カテコ賞だな〜と思って号泣していたんですけど、今回もそうで。
あの時は『ひとひらの風』や『ユメひとつ』の時点でこれでもう見られないんだ、って寂しくて悲しくて大号泣だったんですが、今回は2部の最後になっても多少涙ぐむくらいで、ああ終わった!面白かった楽しかった!っていう方が大きくてそんなめちゃくちゃになったりはしていなかったんです。

なのに小竜が話し始めた瞬間もうダメになってしまい……だってあんなん、ありがとうって言いたくなってしまうじゃないですか。
そしてその後の南泉と肥前くんを見て愛おしいなと思い、山姥切国広の「ありがとう」で1部の気持ちを思い起こされ、大包平の「大丈夫だ!」でそう言うなら大丈夫だなという気持ちにされ。
そして和泉守兼定が「本当に大変だったな」ってあっけらかんと言ってくれたことに、とてもとても救われて。毎回ああして挨拶してくれるわけですけど、そんな風に言いたいのはこっちの方だと思って。

そこから、トリプルカテコの一番最後にここで一句をしたじゃないですか。「知れば迷い 知らねば迷わぬ 主とのしばしの別れ」という一句。
最後に土方さんのことを思い出させてくるということもそうだし……。これはとても個人的な話なんですが、幕末天狼傳再演の時に色々あって一度刀ミュのこと好きにならなければ良かった、と思ったことがあったので。もちろん今はそんなこと思っていないんですけど。
刀ミュのことを知って有澤さんのことを好きになって、こんなに毎回情緒をぐちゃぐちゃにしているし、良くない感情を人に抱くこともあるし、出会わなければきっとこんなに激しく感情を乱すことはなかったんだろうけど。
それでも知れて良かったなって。あんなに観ていて幸せになれるのは、やっぱり刀ミュと有澤さんだけだから。

出会えて良かったなぁって、あの一句を聞いて思いました。

 

本当に江水散花雪の物語が好きなんですよ。幕末天狼傳と結びの響のことも好きなんですけど。ですけどって言うと比較するみたいになるので嫌なんですが……

わたしは新撰組虎徹の7振りを推しているので、その人たちが主軸になっているものはもう好きとか好きじゃないとかそういう話ではないんですね。特に幕末天狼傳再演は自分がそこに立ち会ったこともあって、思い入れの方が先に立ってしまってあまり判断がつかない。もちろん、フラットな気持ちで見てもきっと大好きなんですけど。
江水散花雪とパライソのことは本当に脚本が大好きで。面白いなって思うし、たくさんの人に見てほしいって思う。ここ二つの対比構造も美しかったですし。

パライソの鶴丸国永と山姥切国広もな〜……古参で辛くて憎まれ役を被ろうとする、しかし歴史を守る姿勢にあっては真逆の、鶴丸と山姥切……。果たしてどういう関係にあるのか、とても気になるところですね。

 

 

またマシュマロを頂きました。

 

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これね〜。わたしも思った。
まあそもそも大包平以外の4振りの表情はあそこでは描かれてはないですけど。

今のところ思ってるのは、まさか折れようとするとまでは予想してなかったかもなって。
でも「あいつらのことを頼む」「おう」って会話をしてああして託された時点で、何かしら部隊から距離を置くようなことを企んでいるのかなってことは読んでたんじゃないかと思います。察した上で、任されたあいつらの面倒はちゃんと見るって答える。
その後に零すのが、「やるべきことをやる、やるべき時に……か」じゃないですか。託されたものに対して和泉守が下した結論が、"大包平に任せる"だったのかなって思うんです。
「山姥切探して来てくれ」とか、自分で行きゃいいわけですよ。だけどずっと部隊を俯瞰して見ている和泉守はそれを大包平に任せて、予想通り最後に山姥切が碌でもないことに踏み切ったときもそのまま預けることが一番こいつらの為になると。判断したのかなぁっていう風に思っています。

 

 

また有澤さんのオタクとしての話に戻りますね。

今回の和泉守の芝居を観ていて、有澤さん絶っっっっ対アンジョルラス出来るな……って確信を持ってしまって…………

有澤さんのことを好きになった本当に当初の当初からいつかアンジョルラスやってくれないかな、というのはずっと言っていて。
でもその頃はまだ大きいミュージカルにも出始めていなかったし、今とは歌い方も違ったし、見込みがある!とかではなく単にわたしがレミゼが好きでミュージカルが好きだから、初めて好きになった役者が好きな方向性に進んでくれたら嬉しいなあってことでしかなくて。その中で似合う役を選ぶならアンジョかな〜ってだけだったんですけど。なんか、現実味を帯びてきてしまって……w

少し前までは、こういうことをあまり公の場で発信しないようにしていたんですよ。わたしのアカウントなんてもしも本人がエゴサとかされたらすぐに発見されてしまうし、「あの役やってほしい!」みたいのをあまり目に入れたくなくて。
もちろん気持ちとしてはあるけど、それは一個人として勝手に思っていることであって。例えば本人がどこかのタイミングで舞台は切り上げて映像の方向に進みたいと思うのであれば、本人の意思が一番だからそっちにした方がいいに決まっているし。あまり見ている側の願望を押し付けるようなことはしたくないなと思っていて。
だから思っても言わないようにしていたんですけど……最近になって開き直ったんですね。

押し付けるものではないなとは今も思うんですが、本人の目には入れなくても関係者の目には留まってほしいな!?と思って。それで何かに繋がることもあるかもしれないし。

というわけで、比較的現実味があるのではないかと思うアンジョルラスについては割と発言しています。有澤さんのアンジョルラスが観たいです。何なら今はまだ発表されていないだけで、23年公演とかでは来るものだと思い込んでますし……。

 

あと、以前何気なく「スリル・ミーって話題になってたし気になるんだよね」っていうツイートをしたら突然てけさんが「有澤さんは絶対に『彼』が似合います!!」って突っ込んできたことがあってwwwそんなつもりはなかったのに!

一通り曲を聴いたり、元になった事件について調べた結果、それは確実に好きになってしまうやつ……というか。
わたしの有澤さんの親はSLANGなので。『自分を全能だと思っている若者の自尊心がめしゃめしゃに折られる』やつとか、観たことあるわけですよ。そしてそれがめちゃくちゃ上手いんですよ!

なのでスリル・ミーにも出てほしいですね。来年辺り公演の予定あるらしいし、そこではまだ無かったとしてもいずれ選ばれてくれないかなって。

 

そしてTRUMPシリーズと5 Guys Shakespeare地球ゴージャスさんに参加してほしいです。地球ゴージャスさんはわたしがミュージカル好きだ!ってなったきっかけなので。

この間!パブサしている時に、「もしも再演されたら有澤さんにワイルドアッパーをやってほしい」ってツイートを見かけてしまって……!多方面にやばくないですかそれは!?
地球ゴージャスさんってミュージカル団体の「海盗セブン」という演目があるんですよ。そこで三浦春馬さんがやってたすっげえとんでもねえ役があるんです。かっこよくて愉快でトンチキで、ギラギラメラメラの役が。それが正にわたしの「ミュージカルが好きだ」って思ったきっかけの役で、軽く三浦春馬さんのことが好きだった時期があるので。
という役を有澤さんにやってほしいという意見を見かけて僕は私はになりました…………

 

あとメモしてあるのは、今すぐではなく36〜7歳になった有澤さんにエリザベートのルキーニをやってほしいですっていうのと、何の作品でもいいのでいつか土方歳三を演じてほしいって願望です。
だって、有澤さん自体が和泉守兼定とイコールなわけではないけど、「世界で誰より土方歳三を愛している存在」を長年演じてきているわけじゃないですか。そういう人が土方歳三を演じたらどうなるんだろうな、っていう興味です。

 

 

 

日付も変わりそうなので、この辺りで切り上げようと思います。本当に長々とお付き合いいただきありがとうございました。

江水散花雪についてはまたTwitterで何かと喋りますし、スペースも開くと思いますのでよろしくお願いします。今日はありがとうございました!!